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2020年5月

2020年5月20日 (水)

ディーパンカラ・サヤレー 法話(4)

2019年末より20年正月にかけて行われたディーパンカラ・サヤレーの南房総合宿での法話を文章にして順次掲載しています。
文章化にあたり、ご協力くださった皆様に深く感謝申し上げます。

 

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   夕焼けの富士山

 
 今日は、瞑想合宿の最終日ですね。まずは、もう一度皆さんに感謝したいと思います。
企画・運営されたオーガナイザーの方々、ボランティアスタッフの方々、そして瞑想合宿に参加された方々、本当にありがとうございます。皆さんと一緒に、本当に幸せな気持ちになっています。皆さんがこの瞑想合宿で成し遂げられたことに、たいへん感謝いたします。皆さんはたいへん大きな功徳となる行為をなさいました。

 何度かお話したことがありますが、このような休日には普通なら、皆さんリラックスしたいし、ぐっすり眠りたいと思いますね。また、休みの日だから、どこかへでかけようということになります。ですから、こうして瞑想をしにくるということは簡単なことではありません。なぜなら、眠れませんし、リラックスもできませんから、苦しいですね。でも、苦しいと思いながらも、こうして瞑想に来てくださったことは、本当に智慧なくしてはありません。本当に皆さん、大きな善いカルマをなされました。
 
 今日やっと家に帰れて、ゆっくり眠ることができますね(笑)。苦から解放されますね(笑)。 しかし、こうして皆さん来てくださって、瞑想も進まれたのでたいへん嬉しく思います。多くの方がニミッタを見ることができましたし、禅定の手前の深い瞑想状態にも入れましたから、成果があったといえるでしょう。また引き続きニミッタをもっと安定させたい、禅定に入りたい方は、明日の東京都内の一日瞑想会にもぜひお越しください。ニミッタが見えなくても大丈夫です。引き続き呼吸に集中してください。

 

おさらい

 前回法話でお話したことを覚えていますか。 眼、耳、鼻など6つの感覚器官がありますが、例えば眼の中には何種類の、物質ができる原因がありましたか?
 あらゆる物質の粒子の集団は4種類の原因によってできます。1つ目はカルマによって、2つ目は心によって、3つ目は熱によって、4つ目は栄養素によってです。どの物質も4つのどれかによってできています。4種類のどの原因によってできた物質であっても、その中に8種類の物質が絶対に含まれています。
 
 その8つは何だったでしょうか、覚えていますか。まず、地・水・火・風の4つです。地水火風の4つ以外に、5つ目の色(いろ)ですね。どんな物質にも色がついています。ですから、目の色や体の色や内臓の色が違うわけです。それから、匂い、味、栄養素ですね。では、もう一回、8種類を言ってみましょう。

 

 参加者:地・水・火・風、色、匂い、味、栄養素。

 

 そして、カルマによってできる物質は、10個でしたね。加えて何でしたか? 9個目は「命根」、いのちの部分。それから10個目は「透明な要素(浄色)」ですね。ですから、カルマでできた物質は、この10個目の「透明な要素」のおかげでキラキラ輝いて明るいのです。では、続きを話しますよ、復習は終わりです。しっかり聞いてください。とても簡単にお話します。

 

アナータピンディカ

 シャカムニ・ブッダが生きていらっしゃった時代、とても裕福な在家信者がいました。アナータピンディカ居士といって、祇園精舎をお布施された方です。アナータピンディカの名前は皆さん聞いたことがありますね。アナータピンディカは、お布施で有名な方で、お布施に興味があり、お布施をすることが大好きで、たくさんのお布施をしたのですが、法話については、お布施について聞くことは好きでしたが、心と物質(ナーマ・ルーパ)についてなどの難しい話をきくのはあまり好きではなかったそうです。全生涯をお布施にそそぎ、ほぼ死ぬ直前までお布施をしていました。

 

 ある日、アナータピンディカは、ブッダのところに礼拝しに行きたいと思いましたが、病に伏せっており、行くことができませんでした。そこで、代わりに使用人をつかいに出し、ブッダと比丘サンガを礼拝させることにしました。その時、僧院でなされた法話はお布施の内容でした。皆さんもほとんどは、お布施の法話を聞くことは好きでも、瞑想のくわしい部分や心と物質(ナーマ・ルーパ)についての法話を聞きたい人はあまり多くはないですよね。
 アナータピンディカは、自分の代わりに使用人をお寺にいかせて、自分が病のためにお寺にいくことができないことの許しを請い、その代わりに使用人に礼拝させ、サーリプッタ尊者に状況を説明した上で、説法をしに来ていただけるようにお願いしました。

 

 そこで、サーリプッタ尊者は、アナータピンディカの元へやってきて、声をかけました。「こんにちは、具合はどうですか。病はから回復しそうですか?」。アナータピンディカは、「具合はよくありません。病から回復しそうになく、もう間もなく死んでしまうように思います」と答えました。尊者は、もうじき彼は死んでしまうだろうと思い、最も有益なことを語ろうと考えました。アナータピンディカは在家でありながら、既に、預流果の境地に達しており、今ここで法話を聞いて実践することによって、一来果、不還果、阿羅漢果を得ることを尊者は願っていました。そこで、尊者はアナータピンディカに、「今から話すことを注意深く聞いてください。聞きながら、自分の体の内側を洞察してください」と言いました。ですから、ここで話を聞いている皆さんも、集中して、今からサヤレーが話すことを聞きながら、自分の体の内側を洞察するようにしてください。もし、それができたら、サヤレーのこの話を聞き終わる頃には、預流果に達することができますよ(笑)。ほかの事を考えてはダメですよ、家族とかお金の事とかを考えてはダメです(笑)。いいですか?

 

 サーリプッタ尊者は説明しはじめました。「アナータピンディカよ、ヴィパッサナーをしなければいけません。自分の体の中をもっと深く洞察しなければいけません」と。
この法話の中で、尊者はアナパナ・サティや、慈悲のことは一切説明しませんでした。なぜなら、アナータピンディカは既に預流果に達していたので、善い集中力をもっていましたし、アナパナ・サティのやり方も知っていました。ですから、いきなりヴィパッサナーの実践の話から始めたわけです。皆さんも全員、サヤレーと一緒に長いこと修行しているので、すでにアナパナ・サティのことも知っていますし、どうのように心をコントロールしなければならないかも知っていますね。ですから、今日は禅定のことは話しません。ここから集中してください。

 

9種類の瞑想対象  

 ヴィパッサナーには、9種類の瞑想対象があります。1つ目は、眼です。自分の眼の中の白い部分と茶色い部分を観察してください。先程説明した、中央の眼の透明な部分に注目するようにしてください。キラキラと輝いている部分です。眼という物質は、4種類の原因からつくられていますね。そこで、キラキラと輝いているのはどの部分でしたでしょうか? 4種類のうちのどれによって、キラキラと輝く部分ができるのでしたか?
 参加者:カルマです。

 

そうですね。ほかの3種類からできる物質はキラキラしていません。ですので、尊者はアナータピンディカに、この目の最も透明な部分を見るように、このカルマによってできた物質を対象にして観察してくださいと、いきなり言いました。普通の人なら、眼の透明な部分を見てくださいといきなり言われても意味がわからず、ついていけないでしょう。それで、今日の法話のために、サヤレーは皆さんに事前に2回、法話をしたのです。

 

 まず、眼の真ん中にある透明な部分に集中しましょう。この透明な部分が外的な視覚対象物と接触できる部分なのです。ですから、心をこの透明な部分に集中してみてください。その中をさらに見ていくと粒子レベルまで細かいものがありますが、粒子はパッパッ、パッパッと、生じては消え、生じては消えていき、決して安定していません。わかりますか?
このように、生じては消える粒子をずっと集中して見て、これは一瞬たりとも安定していない、無常である、とどめることはできない、苦である、自分のものではない、無我である、と三相(無常・苦・無我)を観ていきます。そのように、現われては消え、現われては消えていくので、これは決してとどまっていない、無常である、これはとどめておくことができない、これは私のものではない、私の目の透明な要素ではない、私に属するものではないとわかってきます。ですから、自分の中にある物質の粒子というものは、消えるものです。絶対に残りません。

 

 尊者はアナータピンディカに、このように、「無常・苦・無我」を観察していきなさいと言いました。自分の目の透明な部分は、決して自分のものではない、自分に属していない、自分自身ではないと洞察していきなさい、そして、残りの5つの器官も同様に観察していきなさい、と指導しました。わたしたちの体には、同じく6つの感覚器官がありますね。これが、ヴィパッサナーの1つ目の対象です。

 

 2つ目は外にある対象物です。それは何でもいいのです。花もそうだし、他人もそうなんですけれども、それらを全部ヴィパッサナーの瞑想対象として見ます。人を見る時にもヴィパッサナーの対象としてみます。動物もですし、デーヴァもです。1番目が自分の眼の中の内的な対象物だったので、2つ目は外にある対象物、外的な対象物です。2つめの外的な対象物も、やはり、六つの感覚器官で見ていきます。眼で見えるもるものなら眼で見ていきます、音だったら耳で聞きます、匂いだったら鼻で…。

 

 3つ目は6種類の接触です。6つの感覚器官は、外的な外にある対象物と内側にある自分の感覚器官とが接触することなのです。花は目で見るものだから、花という外的な対象物が、内側の感覚器官と接触するということです。ですから、自分が見ようとしなければ、見えないし、聞こうとしなければ、聞えません。音との接触はないわけです。ですから、3番目は接触ということです。
 では、接触が起きたら次に何が起きますか。識が起きます。眼識、耳識・・・、6つの識が起きます。そのあとに、心基の部分に心が生まれます。そしてそのあとに、感受が起きます。感受には3種類あります。うれしいという気持ちと、うれしくないという嫌悪の気持とどちらでもないという、中立的な気持ち。何かを見て、「良いなー」とか、「嫌だなー」とか思うでしょう。ですから、感受にも、6種類の対象物があります。聞くことによっても、3種類の感情が生まれますし、匂いを嗅ぐことによっても、3種類の感情が生まれます。

 

 まとめますと、1つ目は、6種類の透明な対象物、2番目は、6種類の外的な対象物。3番目は、6種類の接触。4番目は、6種類の意識。5番目は、6種類の感受。そして6番目は、6種類の要素なんですけれど四大(地・水・火・風)と空間と心基(ハートベース)です。四大はわかりますね。それに、空間というものがあり、心基については、今はまだ分からないかもしれないけれど、ルーパを観察する段階になったら心基を使って行きますのでもっとよく理解できるようになるでしょう。

 

 7番目は五蘊です。色蘊、受蘊、想蘊、行蘊、識蘊ですね。それから、四つの無色界の禅定。今皆さんが、アナパナで目指している禅定というのは、初禅から四禅まで4つあるんですけれど、それは色界の禅定です。皆さんが、禅定までしっかり行けたら色界の梵天界に生まれるか、無色界の梵天界に生まれるか選ぶことができます。自分の禅定の力によって選ぶことができます。禅定に達していなかったらそんな所には生まれ変わることができません。梵天界に生まれ変わったらずっと瞑想ばかりしていてご飯を食べる必要はありません。それは良いと思います? 食べることも大変ですからね。禅定に入っている気持だけで十分なので、そこでは食べる必要がないのです。それが食事みたいなものなのです。

 

 色界の四つの禅定の世界では、体と心とを両方持っています。体を持っていると、体の面倒を見なくてはならないので忙しいですよね。意識だけで良いわと思って、心だけの、梵天界に行こうとします。体がなくて、心だけなのです。そんな風に、色界の上にもう四つ、五禅から八禅までの無色界という世界があるのです。そこでは、シャワーを浴びたり、食事をしたりするという必要はありません。禅定だけに入っていればよいわけです。
 無色界の禅定であっても執着しないでください。ヴィパッサナーをしていったら、無色界の禅定ですらも良い場所ではないと思います。物質がないから耳がなくて法話も聞けません。眼がないからブッダが現れても見ることができません。

 

 今まででヴィパッサナーの瞑想対象はいくつあったでしょうか? 8つですね。次は9番目です。サーリプッタ尊者はアナータピンディカに自分の中にある心と物質(ナーマ・ルーパ)を集中して観て下さいと言いました。
 今現在の自分の体に対して、12縁起によって観察してくださいとアナータピンディカに言いました。しかし過去世についての12縁起については言いませんでした。なぜかというと彼はすでに預流果だったので、過去を見る方法というのを知っていたのです。ですので今現在と未来の自分の心と体がどうなるのかということを12縁起で観て下さいと、ヴィパッサナーさせたのです。なぜ、未来についての12縁起をさせたかというと、来世の生まれ変わりに対して執着を持たせないためでした。来世に対する欲望とか、どういうところに生まれ変わりたいとかの行先に対して執着を持たせないためでした。

 

 そのあとで、尊者は、今言った9種類のヴィパッサナー瞑想について繰り返し繰り返し観察しなさいと、アナータピンディカに言いました。9種類のどれもが自分に属していないし自分のものでないし自分自身ではないということを理解させました。そして、すべてが「無常・苦・無我」であるということです。
 皆さんわかりますか。どんな対象物であっても分解していったら、粒子のレベルになっていって、決して自分には属していないということです。そんなわけで、どんな対象物を見ても、分解していって、自分のものは何もないのだ、空なのだということが分かるので、この経典の名前は「スンニャター・スッタ(空経)」といます。また、「アナータピンディカ経」とも言います。もしヴィパッサナーがしっかりできいて、このお話をすべて理解できたら阿羅漢になることができます。どうですか皆さんなりましたか? まだですか? また次回に繰り返さなくてはならないのかな。(笑)

 

 この話しを聞いた後、アナータピンディカにも何も起りませんで、預流果のままでした。皆さんと一緒です。法話を聞いた後にアナータピンディカは、泣いて泣いて泣きやまなかったそうです。それでサーリプッタ尊者はアナータピンディカに聞きました。「どうしてそんな風に泣いているのですか。未来が心配なのですか。財産のことが心配なのですか。地獄に生まれ変わるのではないかと心配しているのですか?」と。
「いいえ、私は未来のことも財産のことも、家族のことも心配してはいません。でもお話を聞いてびっくりしてしまったのです。私は、生涯において幾度もサンガに礼拝し、僧院を訪れ、お布施をし、法話を聞いてきました、しかし今のような深い話は聞いたことがなかったのです。このことを自分はとても残念に思ます」と。

 

 そして尊者に対して、これからは、在家の人たちにもこのような法話をして下さるように頼みました。その時、横にいたアーナンダ尊者は、「この話は在家の人にはふさわしくありません」と言いました。それを聞いたアナータピンディカはがっかりしました。在家の人たちは執着が多いから、自分の財産や家族や手放すのは容易なことではありません。だからこのような法話をしても難しいでしょうというわけです。
 皆さん、今この話しを聞いて、もう家に帰らないで家族も手放しなさいと言われたら、それができますか? いま私が、財産も何も捨てて、ミャンマーへ瞑想しに行きましょうと言ったらどうします? 仕事もお金も手放しなさいと。私と一緒に来ますか?
誰も返事がありませんね。それじゃあどうやってヴィパッサナー修行するするんですか。

 

 アナータピンディカは、「在家の人でも、よい波羅蜜を持っている人はいますから、こういう話しを聞いた後に人生が変わって、もっと修行したいと思う人も出てきます。ですからこういう法話を在家の人にもしてください」と尊者に頼みました。それを聞いて尊者は良いですよと了解してくれました。そして二人の尊者は僧院に戻っていきました。しばらくしてアナータピンディカは亡くなり、タウリンサ(三十三天)に生まれ変わりました。

 

 皆さんは十分によい波羅蜜を持っていますので、家に帰ってからも引き続き修行をなさってください。来年は、ニミッタが見えている状態でここに戻ってきてくださいね。どうやってアナパナ瞑想するかその仕方もわかっていますね。ですから来年は、ニミッタと共に戻って来ると約束してくれますか? 来年は三十二身分から始めますよ。毎年来るたびにアナパナの説明だけでは退屈なんですけど。(笑) 来年は瞑想対象を変えたいです。皆さん、休みの日は家や公園で瞑想してくださいね。 ありがとうございました。

 

     サードゥ!  サードゥ!  サードゥ!

 

        (2020年1月3日 南房総合宿での法話  通訳:川本佳苗さん)            

 

 

2020年5月 7日 (木)

ディーパンカラ・サヤレー 法話(3)

2019年末より20年正月にかけて行われたディーパンカラ・サヤレーの南房総合宿での法話を文章にして順次掲載しています。
文章化にあたり、ご協力くださった皆様に深く感謝申し上げます。

 

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合宿風景

 

アナパナ瞑想

 皆さんこんばんは。今日の法話は前回の続きです。その前に、もう一度、アナパナ瞑想のことをお話しようと思います。アナパナ瞑想は集中のためにとても必要です。皆さん、アナパナ瞑想をこの数日間、されていると思いますが、心というものがどういうものかだんだん分かってこられたと思います。なぜこのアナパナ瞑想を上達させることが重要なのかということが分かったと思います。未だにコントロールするのは難しいでしょう。でもちょっとずつ上達するように、頑張ってください。

 

サヤレー:心をコントロールするのは、簡単ですか、難しいですか。
参加者:難しいです。
どうして難しいのでしょうか? 簡単ですよ。みんな誰でも呼吸していますし、呼吸をしているときに、ここに息がありますよね。そうじゃないですか?
みんな呼吸をしています。では、心はどこにあるでしょうか。心が問題なのですね。
どうしてなかなか、集中出来ないのでしょうか。その理由を見つけなければいけません。原因はどこにあるのか、と。心が全く安定しないのは、瞑想対象に固定させたくない、という気持ちがあるからです。それが問題なのです。呼吸と共に、幸せな気持をどうやって同時に生じさせるか、ということをコントロールしないといけません。最初に、心をシンプルにさせなければいけないということです。

 

 そして、私たちの瞑想対象である呼吸というものに、まず興味を持つことです。興味があったら、長くそれを見ようと思いますよね。見ていて、かつ幸せな気持ちが生じますね。
なぜならそれに関心があるからです。たとえば、誰か好きな人がいたとして、その好きな人を見て、考えているのは、幸せ(ハッピー)ですか、そうはないですか。
参加者:ハッピーです。
ハッピーですね。恋人ではなくても、好きな人、尊敬している人のことを考えていたら幸せな気持になりますよね。そういう好きな人のことを考えているときはもちろん幸せな気持ちになるし、慈悲の気持ちも生まれます。その相手が危険な眼にあいませんように。幸せでありますように。健康でありますように。と、興味のある人に対しては、そういう慈悲の心というものも芽生えています。

 

 それでは、次のどちらが良いと思いますか。一つは、自分の好きな人に対して、良いなと思っている人に対して慈悲を送っているか、それとももう一つは、嫌いな人に怒っているか、です。関心があるという「思い」には、2種類あります。
1つは、純粋に好きという気持ちを伴った関心。
2つめは、相手に怒っているという気持の関心です。
怒りも執着ですから。ですから、智慧を使わなければいけません。良い方に、ポジティブな方に、幸せな気持ち、関心を向けなければいけません。そうすれば幸せな気持ちになります。しかし関心を悪い方向に向けると、怒りになって、幸福な気持ちにはなりません。
このように二通り、関心の方向があります。

 

 最初は誰かのことが好きだったとします。しかし、時が経つにつれ、だんだん嫌いになって、怒りが生じてきます。そうなると悪いカルマになります。最初は善いカルマだったのに。慈悲を持って、幸せな気持ちになっている、その状態での集中力というのは、正しい集中力です。サンマ−(正しい)集中力ということです。でも、悪い集中力、たとえば誰かのことをずっと怒っているというのもあり、これは悪い方向の集中力です。これは善い集中とは言えません。

 

 ですから、心にもっとサティ(気づき)を持つことが必要です。悪い感情がでてきたら、カットする、切る、ということです。そして、もっと善い感情が生まれるように、善い心が生まれるように自分の気づきをコントロールしましょう。どうですか、わかりますか。簡単ですよね、コントールするのは。みなさんには智慧があります。その智慧に従ったらいいのです。智慧タイプの人間だったらコントロールできます。智慧のある人は、善いことと悪いこと、善悪を判断できますから。それが智慧です。

 

 ですからブッダは、ヴィパッサナーによってコントロールしなさいとおっしゃいました。心が執着しないように、さまよわないように。心を常に智慧で綺麗にします。そのやり方というのは、洞察の智慧なのです。洞察すること。それがヴィパッサナーです。最初は、悟りの第一段階である、預流果(ソータパン)になるための修行をします。預流果まで達したら、将来は安泰です。もう苦しまなくてもすみます。たとえば動物に生まれたりすることはありません。預流果になることも、難しくありません。ちゃんと心をコントロールできたら簡単です。今日は20分間、呼吸をコントロールしてみましょう。

 

 今日、サヤレーは静かに後ろで座っていたのですけれども、皆さん、体はわりとしゃんとしていました。心はどこにいっていたか分からないですが。なぜなら、前に行ったら部屋が暗かったので、みんなの顔が見えませんでした。明日はカーテンを開けてくださいね。 部屋が暗すぎたそうです。顔を見たら皆さんの心が読めるそうです。ですから皆さん、明日は気をつけて。明日もチェックしにくるそうです。

 

 皆さん、心を20分~30分ちゃんとコントロールすればいいのです。そうしたら、皆さん多くの人はすでにニミッタが見えているので、ニミッタがもっと安定してきたら、もっと深い集中に入れます。それが一時間、二時間続くようであれば、ジャーナ(禅定)に行けます。
 ジャーナのことは、皆さんすでにご存じですね。ジャーナというのは深い集中力、という意味ですけれども、そういうもっと深い状態になったら心はかなり安定してきて、とても安定してくるのです。そしてその安定した心はたいへん力強いものなので、パワーがあります。ですから、なんでも見抜こうと思うものをきちんと洞察できるのです。それは集中によってできます。そういう集中を手に入れたら、今度は身体の方を洞察していきます。そして内側を見ていきます。

 

ヴィパッサナー

 ヴィパッサナーというのは自分の、あるいは他人の本質というものを知ることです。つまり、なんであれ、内側と外側の対象の本質は何かということを知るということです。
昨日説明しましたが、ヴィパッサナーというのは、自分の体を理解するということなのです。それは先日説明した、四界(地水火風)とか、体の感覚とか、32の身体の部分とかを全部、チェックしていきます。

 

 いまあなた方の集中力で身体の中を見ようと思って32の身体の部分は見えますか。できないですね、難しいですね。ですので、それらを見るためには、私たちは集中した心が必要になります。顕微鏡みたいに、身体の内側や外側を粒子レベルまで細かく観察出来るように。集中力を身につけると、後々になって、32の身体の部分を全部くっきりと見ることが出来ますし、その中の四界(地水火風)も見えますし、感覚とかも見えます、自分の内側の。

 

 そして皆さん、こういうことも理解していけます。身体の内臓の細かい部分を見ていくと、それらは汚いもので、心地よくないものだな、気持ち悪いものだなという智慧が生まれます。そしてこういうものからの執着を断ち切らなければ、と思うのです。そしてそれは、皆さんが好きな人、執着の対象となる人、愛している人も同じように中に内臓を持っていて、同じようにそれらは汚くて厭うべきものだと理解することができます。そういうことを理解する、見るのが、ヴィパッサナーの第一段階です。

 

 例えば内臓一つにとっても、皆さん、執着がありますよね、これは私の心臓だ。他人にはあげたくない、と。心臓をお布施してくださいと言われたら、しますか。しないですよね。みんな心臓をあげたくはないですよね。私から離せません。血液でもそうです。血だって私ものですよね。たとえば蚊にだって血をあげたくはないです。蚊一匹でどれだけの血をとっていくのでしょうか。ちょっとだけです。それでも刺されたら怒りますね。こういうふうに私たちは、執着を手放せないのです。「これが私の身体だ」とか、「これが私の内臓だ」とか思っているのです。

 

 ですからブッダは全部分解して見なさい、全部を粒子レベルまで分解して見なさい、とおっしゃられました。そうしたら粒子がパッパ、パッパと、生じては消え、生じては消えを繰り返している、そしてそれが本質なのです。それは無常という本質なのです。それは内臓だってそうなのです。生じては消えを繰り返しています。ですから私たちは内臓もチェックしていかなければなりません。どんな内臓だって全部、地水火風の四界で出来ていて、それの中も全部粒子レベルになっています。粒子というのは物質なのです、ルーパなのです。

 

 そして、物質というのは四つの原因のどれかで出来ています。あらゆる内臓も、4つの原因のどれかで出来ています。先日説明した4つの原因を覚えていますか。眼の奥の中心部分に、透明な小さな粒子がありますね。この透明な物質は4つの原因のどれで生じていますか。
参加者:カンマです。
そうですね。カンマで作られる物質には10個の特徴がありまして、その中の一つが「透明」なのです。他の3つの原因から生じた物質は、あまりキラキラ輝いておらず透明ではありませんが、このカンマによって生じた物質は他とは違ってキラキラと輝いています。カンマ以外の3つの原因は、覚えていますか。心(マインド)、熱(ヒート)、栄養素(ニュートリメント)です。

 

 4つの原因でできた物質が、眼の中に入っています。全部、4つのどれかで出来たものが眼に入っています。そのほかの内臓だってそうです。ですのでブッダは、この眼の奥の一番透明な部分は、カンマで出来た物質だとおっしゃっていますが、それもやはり不安定なのです。現れては消え、現れては消え、という現象をものすごく早く繰り返しています。そして残りの3つの原因で出来た物質も、同様に現れては消え、現れては消え、をパッパ、パッパ、と早く繰り返しています。それが本質なのです。

 

 眼だけではありません。どんな自分の中にある物質も、自分の外にある物質も、現れては消え、現れては消えを繰り返しているのです。そういう物質の本質というものは、「無常、苦、無我」です。どんな粒子であっても、自分のものではありません。眼だってそうです。なので、そういうふうに分解してみたら、どんなものだって、自分のものではない、心臓だって肝臓だって、どんな内臓だって自分に属していないし、自分のものとは言えないのです。どうですか、わかりますか。

 

 ですので、これは“あなたの”奥さんでもないし、“あなたの”旦那さんでもない、ということなのです。今できなくても、将来はこのように考えてください。いつか起きることなので。明日にでも、もしかしたらあなたの家族の誰かが亡くなるかもしれません。そしたら、それはあなたのものですか。その死んだ人はあなたのものですか。もしそんな風に実際に家族のメンバーが亡くなってしまったら、自分のものではない、という考えも受け入れられるかもしれませんが、今は難しいですね。でも、もし粒子レベルまで物をはっきり見ることができたら、この考えは受け入れられますし、手放せるのです。これは自分のものではない、ということで。これが聖者への道なのです。

 

 なので、すぐ修行をしましょう。苦しみから逃れるために。妻とか、旦那とか、子供がいたら、忙しいですね。それにかかずらわされますね。義務も増えますし、執着も増えます。執着がなければどこに行くのだって簡単に行けますし、心配しません。ですので、もっとダンマを勉強する必要があるのです。執着をなくして、何でも手放して、幸せな平和な気持ちになること。そして悩まないことです。

 

12縁起

 ここまでは物質の本質を学びましたけれど、それでは、心の本質はどうでしょう。心も同じですね。心と物質の本質というものが分かれば、12縁起が分かるようになります。心と物質の原因と、それによってなにが生まれるかというチャートみたいなものを理解することが出来ます。皆さん、今生でどんな善いカンマをしたか覚えていますか。覚えていなかったら「12縁起の瞑想」はできません。12縁起をはっきり出来なかったら預流果へも行けません。集中した心を持っていなければ、過去世だって見通すことが出来ません。
そういう心がちゃんとあれば、難しくないですよ。ジャーナに入れる心があれば簡単です。

 

 昨日どんな善いことや悪いことをしたか覚えていますか。どんな善い心が生じたか、悪い心が生じたか、覚えていますか。まぁ、過去のことは終わったことなので、思い起こすことが出来るでしょう。なんで覚えてないのでしょうか。サティ(気づき)がしっかりあれば、思い出せます。
 一ヶ月前はどうですか。 何かしたことを覚えていますか。一ヶ月前どんなことが起きましたか。覚えていますか。一ヶ月前が無理なら二、三ヶ月前なんてもっと無理です。一年前はどうでしょうか。ここでサヤレーと一緒に何をしていたか、覚えていますか。大勢の方が私と一緒に修行したことがありますよね。去年私が何をしゃべったか覚えていますか? 「アナパナ」って言ってはだめです。アナパナは毎回しゃべっていることですから(笑)。他の法話のお話を、覚えていますか、覚えていませんか?

 

 こんな風に、数か月前のことも思い出して、お腹の中にいた時まで思い返します。それは、集中力があれば、とても記憶力が良くなるのです。なんでも思い返すことができます。お腹の中でどんな形をしていたかだって思い返せます。9か月目、10か月目、お腹の中でどんな姿だったかとか、お腹の中でどんな風にして生きていたか思い返せますか?
強い集中力を使えば、お母さんのお腹の中で、どんな形だったか、どういう体つきだったかを思い出せます。お母さんがお腹の中で、あなたをどんな風に守っていたかを思い出せます。どんな風に栄養を与えて、熱やあたたかさを与えていたか。慈悲だって送っていました。そのお母さんが送る慈悲があなたに届いていたのです。そういう慈悲とか、いろんなものが、お母さんから届いた時、体にちゃんと届いて、とても感謝の念があったのです。

 

 赤ちゃんの時や過去の映像を見たいと思ったら、ヴィパッサナーを使います。まず、決意をします。「私は過去世を観たい」と決意するのです。それから、ヴィパッサナーで、お母さんのお腹の中にいたとき、ナーマ(心)とルーパ(体)が生じて滅するのを観察します。そして心はババンガ(有分心)に落ちますが、その時に過去の映像が現われます。
ババンガ(有分心)というのは、例えば眠いとき、トロンとなっている時に陥っている心の状態です。眠いときは、善悪とかがありません。そういうことを判別しない心です。

 

 人それぞれ状況が違うから、過去世で人間だった方もいるし、動物だった方、天人(デーヴァ)だった方もいます。そういう違いを見つけるために、自分自身をチェックします。
過去世で動物だった方が人間に生まれかわろうと思ったら、良いカルマが必要です。今生につなげるための良いカルマがなければ、人間に生まれることは簡単ではありません。なんだかんだサポートがあって、皆さん人間に生まれたのです。また過去世で、「男性に生まれたい」とか、「女性に生まれたい」とか考えていたかどうか、迷いの気持ち、愚かな気持ちがあったかチェックします。例えば、「来世は男性に生まれたい」とか、「天人に生まれたい」とかいう心があったとして、それは邪見、邪(よこしま)な見解と理解しましょう。どういう無知があったか、どういう良い心があったか、どういうカルマを自分は作って来たか、というのをしっかり見ます。

 

 過去世を作ったのは、原因があります。今、人間として正しい見解を持っていますか。邪見を持っていますか。どっちでしょうか。 来世でどこに生まれたいか、という事です。死んだら、どこに生まれ変わりたいですか。生まれ変わりたくないですか?  
天界に生まれたいとか、動物とか、人間界とかありますか。何の予定もないですか?  
人間界が良いですよね、またダンマも学べますから。

 

 しかし、「人間界に生まれたい」、これは邪見です。「天界に生まれたい」、これは邪見です。正しい見解って何でしょうか。「正見」って何でしょうか? 男性でもなく、女性でもなく神々でもない。「ただの粒子」と見る事です。こういう「何々に生まれたい」という執着のせいで、永遠に輪廻を繰り返すわけです。生まれ変わって終わらないのです。ですから、ブッダはヴィパッサナーで理解しなさい、とおっしゃったのです。未来、何も望まない。私が欲しいのは涅槃だけだと。どんな欲望も、どんな来世もいらないのだと。これが十二縁起です。

 

 全ての輪廻の鎖を断ち切るのです。続く輪廻の続きを、切るのです。この執着のために、お母さんのお腹の中に生まれついて、生まれ出なければなりません。こういう執着の意識のせいで、またお母さんのお腹の中に入ってしまいます。この意識のせいで、また心と物質がお母さんのお腹の中で、作られていきます。母親のお腹の中では、物質がまだ小っちゃくて、カルマでできた物質しかないのです。
 数日立つと、「6つの感覚器官」が生まれます。眼とか耳とか鼻とか作られていきます。デーヴァ(天人)で産まれたら、完全体でできあがっているのですが、人間の場合はお母さんのお腹の中でちょっとずつ形が出来上がってきます。

 

 「6つの感覚器官」が、眼とか耳とかができたら、そこは「接触」する場所になります。外的な対象物が、例えば音だったら、耳にポンとあたりますし、視覚対象だったら、眼にポンとあたります。お母さんのお腹の中にいる状態では、まだ眼が開いてないので、そんなに視覚的な対象物をとらえて執着とかそんなにありません。対象物と「接触」がないので、執着もありませんし、それを対象と接して幸せとか嫌だとかありません。

 

 「接触」が起きるために基盤ができるのです。対象物をとらえるための基盤ができる。それに対して感じる心、入口が開きます。そして思考がくるくると動いていくのです。そして「感情」というものが生まれます。そして「感情」が生まれたら、「執着」が生まれます。良いとか悪いとか、ジャッジしてしまう、その執着が来世、生まれ変わりを作ってしまいます。執着があるために、良いなと思うもの、好きな人からは離れたくないし、いやだなと苦しいと思うものから離れたいと思います。嫌いな人とは、あまり近づきたくない、仲よくしたくないですよね。そうすることって結構苦しいですよね。そうじゃないですか。

 

 そして、私たちの体もじょじょに老いていきます。老いも苦しみです。自分が歳とるなと思ったら、幸せですか嫌ですか? 嬉しくないですね。綺麗じゃなくなったら、嬉しくありません。それは苦しいですよね。
 老いることで嫌なのは、あちこち痛くなることです。それもまた苦しみです。歳とって1つ別の悩みは、自分の旦那さんが自分を嫌いになるのではないか、歳をとって、綺麗じゃなくなるから嫌いになるのではないか、そういう自分の旦那の感情までケアしなければいけないし苦しいですよね。

 

 体をもつことは、全くもって苦しみです。また病気になることだって苦しみですし、幸せじゃないですね。たとえばお金があっても、たとえまわりにたくさん人がいても、自分の具合が悪かったら嫌でしょう。体があるかぎり、それが本質で、それは起こりうることです。ですので、輪廻・来世の苦しみに繋がっていきます。ですからブッダは、「ヴィパッサナーで物質の本質を見なさい」とおっしゃったのです。もっと見ていけば、もっと過去世を見ていけます。人間は生まれて死んで、また生まれ変わるわけです。それは天人に生まれても、いつかは死ななければならなくて、またどこかに生まれ変わらなければいけません。

 

 ですので、たくさんの過去世を見ていくと、天界に生まれたり人間に下がって生まれたり、上がったり下がったり、いろいろ繰り返しているのです。それは退屈なこと、時間の無駄なこと。「私はもうそんなに、どこにも生まれ変わりたくない、輪廻はいらない」と、ヴィパッサナーはそれを洞察することなのです。それを作っているのが、執着だったのです。

 

 今サヤレーの身体は病気ですが、軽くしたいと思っています。それは、身体への執着ではなく、皆さんとちょっとでもダンマをシェアしたい、教えたいという想いからです。でも命の本質が苦だということをわかって下さい。これは、皆さんが将来修行するためのちょっとした説明なのです。集中力を得た後の話でして、今日の瞑想合宿は、短いですから集中を得るくらいまでしかいかないですけど、もっともっと長い瞑想合宿とか修行に入ることができましたら、もっとシステマティックに系統だてて十二縁起のヴィパッサナーの修行をして、生まれ変わりの輪廻に対しての執着もなくなるまでできます。

 

 あなたにもし良い波羅蜜がありましたら、私が説明したことを実際に実践して、預流果になれます。簡単でしょう。今日の法話はわかりましたか。まだまだ執着は手放せないですよね。実際に内側を見られるようになったら、手放せますし、それから涅槃にいけます。わかりますか。これが悟りの第1段階、預流果へのレベルです。

 

 ヴィパッサナーをするためには、心と物質をみるための集中力が必要です。集中力を鍛えるためには、サティ(気づき)が必要です。サティがサポートしてくれます。これは同じ心所のグループにいます。集中する心のためには、集中しようと思ったら、心はものすごく澄んで透明で、そして安定していなければならないのです。まるできれいな水みたいに。そしてようやく集中力が得られるわけです。

 

 ではどうやったら、心を清められるかというと、それは戒を守ることです。八正道のうちの正語、嘘をつかないとか、正しい行いをする。殺生しないとか、正しい生業、職業として仏教的に推奨されない職業をしないとか、そういう心で戒を守って良い心を作ります。ですから、五戒を守ったり、八戒を守ったり、心を清らかにしていきます。そして、柔らかくもっと慈悲の心を持つようにします。戒を守っていたら、集中もしやすくなって、戒と集中力があれば、ヴィパッサナーも簡単で、ヴィパッサナーによって、正しい理解が得られたら、執着も断ち切ることができます。

 

おさらい

 おさらいです。復習します。眼にある物質は、四つの原因でできている物質です。今日、預流果までの話をしました。次回の法話で、阿羅漢の悟りの段階をします。今日の法話は忘れないように。4つの原因からできる物質を覚えていますか?
 カルマからできる物質と、残りの3つの原因によってできる物質は違いますね。カルマによってできる物質は、10種類の性質がありますが、他の3つは8つの性質しかありません。まず、「地水火風」ですね。粒子のグループが1つあったら、その中に「地水火風」の4つ性質全部が入っています。それから「色、匂い、味、栄養素」、その8つです。この8種類の性質は、どんな物質の粒子のグループ集団の中にも絶対に入っているので大事なのです。

 

 カルマによってできる物質では、それとは別に2つの要素があります。1つは「命根」。命根は物質の寿命を支え、動かすための振動を与えています。動いているから、命があるから、明るいのです。眼の真ん中が、透明でキラキラしているのは、カルマでできた物質、つまり「命根」と「透明な要素(浄色)」が多いからなのです。
 10番眼は眼の「透明な要素」です。残りの原因でできた3つは透明ではありません。「透明な要素」のおかげで、外的な物質と接触ができるわけです。耳も実は、耳の奥に透明な部分があって、そこが音という物質と接触できるところなのです。耳の対象物は音。鼻や舌もそうですね。鼻は匂い、舌は味ですね。身体も触感、触り心地を感じられるものがあるのです。心も感情という対象物を接触できるところがあるのです。心臓のところにある心基(しんき)です。

 

 今日の法話は忘れないように。次回はこの続きから入りますので、1人ずつ質問して覚えているか確認しますからね。難しい法話でごめんなさい。でも将来、修行するとき役に立つと思います。 今日は新年です。元旦なので、幸せな気分になってほしいのですが、難しい法話だったので苦痛でしたでしょうか。ごめんなさいね。
皆さん、あらためて、“明けましておめでとうございます”

 

       サードゥ!   サードゥ!   サードゥ

 

          (2020年1月1日 南房総合宿での法話  通訳:川本佳苗さん)   

 

 

ディーパンカラ・サヤレー 法話(2)

2019年末より20年正月にかけて行われたディーパンカラ・サヤレーの南房総合宿での法話を文章にして順次掲載しています。
文章化にあたって協力してくださった皆様に感謝申し上げます。

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岩井海岸

 皆さん、こんばんは。重ねて、ここに来ていただいてありがとうございます。実はひそかに瞑想会場に入ってみたのですが、皆さんとても静かに瞑想していました。私も一緒に瞑想したかったのですが、咳が出るので出ていかなければなりませんでした。部屋から慈悲を送っていましたが、皆さん受け取ったでしょうか? 寝ていたら受け取れませんよ(笑)。 明日インタビューがありますから、皆さんから良いお話しを聞けるのを楽しみにしています。

 瞑想も時には苦ですよね。早く起きなければならないし、一日中瞑想しなくてはいけませんし、体が痛い中でも瞑想しないといけません。そういうふうに自分の心をコントロールするのは難しいですね。これが人生の本質です。本当はコントロールしたくないのです。本当は欲望のままにしたい。例えば美味しい食べ物を食べたい、お金があったら美味しい食べ物や良いものを買えます。そんなふうに全てにおいて欲望、「欲しい、欲しい」と思っていますので、それをコントロールすることが苦しみなのです。

 今日は、心をコントロールする――20分間呼吸と共に心をコントロールする方法を教えたいと思います。どうですか、嬉しいですか? なぜ皆さんが嬉しくなるかというと、皆さんは智慧をたくさん持っているからです。そんなふうに気づきを持って物事を見ようとするとそれが喜びになって、気づきが智慧をサポートしていきます。そういうことを理解するからこそ、幸せになれます。

 呼吸はとても簡単です、皆がしていて、入る呼吸と出る呼吸を感じることができます。ここに瞑想対象があるということを感じることができます。心に関してはどうでしょうか。 もし20分~30分、心を見続けることができたら、確実にニミッタは現われます。昨晩私がお話ししました、呼吸の動きを見ること、心と一緒に見ること、そして幸せな気持ちと一緒に見ること、心地よい気持ちと一緒に見ること、それができることが集中を得る最初のレベルです。これが集中の最初なのです。

 このように集中がどんどん始まっていけば、まず痛みがなくなります。苦しみがなくなります。体の痛みもないから、体が軽くなったように感じます。呼吸とともにとても幸せな気持ちが出てきます。幸せな気持ちで集中している心が、心臓のこの辺の上から光を発します。光は外側にあるのではありません。集中は鼻のこの辺りでアナパナ瞑想をするのですが、光が出てくるのはここ(心臓)の辺りなのですね。内側には無いように感じますけれど、実際はハート・ベース(心基)から作られているから、外側に光があるわけではありません。

 最初の段階ではニミッタは、不安定です。光も色も不安定です。だから、そのニミッタに集中してみようと思うと、光がまたパッと散ってしまいます。集中力がもっともっと強くなって、微細な呼吸を続けて見られるようになって、決して離れないようにしてください。集中がもっと深まれば、ニミッタも光ももっと強くなりますし、鼻の近くに寄ってきます。よろしいですか、そのようにニミッタの光が安定してきたら、やっと光の方に目を向けて、今度はニミッタを観察の対象にします。そして、「ニミッタ、ニミッタ、…」と観察していきます。そうしてやっと禅定に入っていきます。簡単でしょう、そうじゃないですか。30分間まるまる集中することができたら、確実にニミッタは安定します。明日はがんばってアナパナ瞑想してください。そしてニミッタがもっと出てきて、それと共に深い集中に入ったら、それがアナパナ・サティといいます。

四界分別
 今日は、「四界分別」についてお話します。皆さんが将来実践するかもしれません。禅定に入った後は、自分の体の中を突き抜けて観ていかないといけないのです。そうして体の要素とか、心の中とか、そういったことのバランスをとる必要が出てきます。もしアナパナ瞑想が難しいなと感じられている方は、直接四界分別をすることもできます。ブッダは40種類のサマタ瞑想をつくってくださって、四界分別はそのうちの一つです。しかし、アナパナ瞑想をやっている時は、四界分別をしないでください。2つ同時にしないでください。あるいは2つの瞑想を混ぜたりしないでください。アナパナやるときはアナパナだけです。

 四界分別の瞑想をしたい人は、4つのうちの1つだけを選ぶことはできません。つまり、「地・水・火・風」のうちの、「地」だけやることはできません。「地・水・火・風」の4つを段階的にやって、それから全部やります。その4つの要素のバランスを体の中で取れるようになると、幸せだという気持ちになり、集中力を得ます。四界分別は、「地・水・火・風」ですね。瞑想をしているときに、なんらかの感覚、例えば「熱い」とか「冷たい」とかの感覚を感じます。しかし、「アナパナ瞑想」する時には、そのような感覚には絶対に集中してはいけません。無視してください。ところが、「四界分別」をするときは、そういう感覚というのをものを明確に感じなければいけません。どうですか、分かりますか?

 四界分別のうち、「風の要素」というのは体の中で感じやすいので、「風」から始めてみましょう。「風の要素」は2つの性格があります。「押す」というのと「支える」という性質です。「地の要素」は、6つあり、2つのグループに分けられます。「硬さ」、「粗さ」、「重さ」。それに対応して「柔らかさ」、「滑らかさ」、「軽さ」です。「軽さ」をはっきり感じる時は、「重さ」を感じないし、「重さ」をはっきり感じる時は、「軽さ」を感じません。つまり、「軽さ」と「重さ」は対になっていて、同じグループなのです。火の要素は、「熱さ」と「冷たさ」の二つの性質があります。水の特徴は「流動性」と「結合性(固める力)」です。

 こういう性質というのは、瞑想するとき、一つずつ観察していきます。体の中にどういう感覚が現れるかということ。例えば、風の「押す」という特質をみたいときは、入ってくる呼吸を集中します。入ってくる呼吸を体の中で追いかけて行くのですね。入ってくる空気を追いかけて追いかけて、頭のてっぺんで筋肉が振動して動いている、この押している感じを感じて、「押している、押している」と、観察します。
 赤ちゃんの頭は柔らかいのですが、赤ちゃんが呼吸しているときに、実際にこの(頭)辺りが揺れていたりするのですが、見たことありますか? 赤ちゃんの場合は分かりやすいのですが、大人の場合も同じで、深い空気が入っていくと、頭のてっぺんのところが振動して動いています。それが空気の押す力です。心でそのように追いかけられるようになったください。

 顔から上半身に押す力の振動を感じられるようになったら、下半身の方までいって、内臓(臓器)が揺れている感じが感じられるまで繰り返し、繰り返し、その振動を感じてください。そういうふうに、ゆっくりゆっくりできるようになると、徐々に振動を観察しながら、自分には心地よさが出てくるのですね。幸せな気持ちになる。どうですか、分かりますか?

 四界のあらゆる特徴・性質を体全身で感じられるようになってください。「硬さ」や「柔らかさ」もそうだし、「冷たさ」、「熱さ」もです。皆さん、このすべての四界分別の特徴・やり方を説明してほしいですか?
 地の性質、「硬さ」に関しては、歯をグーッと食いしばった時、そのあごの筋肉の硬さに集中してみてください。最初は一つの場所だけ、明らかに硬さが感じられる場所だけに集中してみます。その一か所の場所、筋肉の硬さを感じられたら、今度は他の場所にも移していって、体全体に感じられるように。そして「硬さ、硬さ、硬さ・・・」と、硬さのことを思うのです。

 今度は「粗さ」ですね。「粗さ」を感じようと思ったら、口の中の上あごの内側を舌でなでて、そのザラザラとしている感じを「粗さ、粗さ、粗さ・・・」と、今ちょっとやってみてください。上の歯の裏側を舌でなでてみて、ザラザラした粗さを感じてください。手で皮膚を触ってみて、皮膚のざらつきを感じてもいいです。その方がやりやすかったら、そちらでもいいです。
 「重さ」は、体を傾けて重さを感じてください。それから元に戻していって、「重さ、重さ、重さ・・・」と、戻るときの重さを感じてみってください。戻す時に抵抗があって「重いな」と感じます。それを、「重さ、重さ、重さ・・・」と、体全体で感じます。エネルギーについても感じてください。その「重さ」とか「軽さ」というエネルギーを感覚として感じてください。

 「柔らかさ」に関しては、上唇で下唇をかんでその柔らかさを感じて「柔らかさ、柔らかさ・・・」と感じて、体全体でその柔らかさを感じられるようにしてください。体で感じる時は、骨が自分に無いと想像してみてください。骨がなかったら支えるものがなくなって、筋肉が全部ポニョーンと柔らかくなりますね。そんな感じを想像してみてください。
 そういうふうに、「柔らかさ」を感じられるようになったら、次は「滑らかさ」です。上唇に唾をちょっと塗るとツルツルになります。この「滑らかさ」を感じて、「滑らかさ、滑らかさ・・・」として、今度はすべての内臓にまで広げて想像してみます。内臓というのは、実際解剖で見られた方はご存知ですが、表面がツルツルしていて滑らかです。

 こういう「滑らかさ」を感じられた後は、「軽さ」も感じられることが簡単になります。「軽さ」については、指をこう(上に)動かしてみると、簡単に動きますね。この軽さを感じてください。「軽さ、軽さ・・・」と、それを全身に広げてください。どうですか、分かりますか。ちょっとずつやっていったら、もっともっと感覚が鋭くなり分かっていきます。
 風の「支える」要素に関しては、背骨が体を支えているというこの感じを感じてください。体の姿勢とその「風の要素」は関係していて、風の「押す」要素が強いと、体の姿勢も押されてグルグルと安定しません。そこで、もう一つの要素の「支える」要素を使って、まっすぐに戻す感じです。皆さんが瞑想して眠くなっている時には、体がゆらゆら揺れて床につきそうになってしまいます。それは、「押す」力の方が強くなっているということです。だから、「支える」方の力でぐっと戻すということです。そういう経験ありますか?今ありますね。これが、「支える」力と呼びます。

 「温かさ(熱さ)」は、手を別の手で抑えた時に、手のひらの熱が移って温かいですよね。その温かさを感じてください。そんなふうに集中して、体全体にまで温かさを広げていきます。「熱さ」というのを感じていきます。そうしたら体全体がぽかぽかすることが感じられて、ヒーターなんかいらなくなります。集中力によって、自分自身で「温かさ」を作ることができます。
 「冷たさ」を感じることですが、入ってくる呼吸で、鼻のこの辺りで涼しい感じを感じます。そこで「冷たさ」を感じてみてください(鼻に空気をふんと入れた時の)。空気が鼻の中に入っていった時、冷たい空気が入ってくるのを想像してみてください。感じとってください。「冷たさ、冷たさ、冷たさ・・・」と観察して、体全体にまで広げます。そういうふうに、心を集中しないといけません。自分の中に、四大のどういう性質が出てきているのか。そういう感覚がもっともっと明らかに、はっきり生々しくなるくらいまで、集中力を高めてください。その集中が高まって、集中している状態がすごく幸せになります。ゆっくりゆっくりですけれど、そうなっていきます。

 次は「水の要素」です。水の「結合させる力」の性質は、手首をぐっと握っていると、硬い感じがして、痛いから不快です。最初は決して心地よくはない。不快な感じを感じ取ってみてください。重さを感じている時にも、キュッとなっている硬さみたいなものを感じる時があります。その時は実は水の「固める(結合させる)力」の性質のせいなのです。硬さも結合の方も、不快な感じです、決して心地よくはないです。「結合させる力」の反対の要素は、「流動の力」です。その流れる方の観察の仕方なのですが、体の内側に流れているものとして、血とか尿とか汗、そういうものが流れていますが、どれか選んで感じます。

体のバランスをとる
 そんな風に体の中でバランスをとっていきます。例えば、「重さ」の要素が強い時は、「軽さ」を出してバランスをとります。「熱さ」が出てきている、強いなと思ったら、「冷たさ」を瞑想してみましょう。「固める」要素が強いなと思ったら、「流動性」のほうを。
今、説明した5つのやり方、全部覚えていますか? 明日、紙に書いて貼っておきなさい(笑)。

 そういう風に1つずつやっていきます。自分のやっている1つずつが明確になるまで。
でも時々、複数の要素がグループになって一緒に現れてきたりします。複数の要素が一緒にワァーっとやってきたとしても、これは「水の要素」だとか、「火の要素」だとか、「地の要素」だとかいう風に識別します。
 そうすると徐々にですね、それぞれの要素というのがバランスをとって、そういう要素を観察しながら幸せな気持ちになると、集中力がバァーっと出てきます。幸せな集中力というのは、あなたが対象物をずうっと見続けて、それで、幸せだということです。そうすると、心がどんどん軽くなって輝いてきて、顔の周囲に光が出てきます。それが、ニミッタになります。顔とか、体の前に。

 こんな風に心が瞑想していて、ニミッタがもっと綺麗になって、キラキラして安定してきたら、ニミッタの方に集中します。それから、その四界分別観の4つの要素について、深い集中になって近止定に――はっきりした禅定ではないですが、その手前まではいけます。そんな風に自分の集中力が物凄くシャープになって、深くなっていったら心の力というのがもっともっとパワフルになっていきます。その心があればどういう感覚が起きても、「熱い」とか「冷たい」とか、はっきりそれが判る。それは、その自分の四界分別で得た集中力によって判るのです。「これは、この要素だ」みたいに。ですから、自分の心をジャッジすることもできます。どうも心地よさがない、不快だと思ったとき、四界の4つのどれかなという要素を感じて、それでバランスをとっていきます。

体をケアする
 脳卒中とかも治すことができます。そういう時は、風の「押す力」を使います。そういう振動を起こして、体の中の空気を流せば体も動き出します。風の押す力で、血管が開いて流れる。皆さんが、いつかは癌にもなるかもしれません。まぁ、これを言うと皆さんが嫌な気持ちになるかもしれませんね。嫌な気持になってもサヤレーは言いますが(笑)。
もうじき、新年ですね。新しい年を迎えるということは、1歳、年をとるということです。1年ごとに私たちは年をとって、病気になって、いつかは死ななければなりません。癌になるときもあります。癌とか腫瘍ができたりする。そしたら、その部分を自分で観ることができます。できなかったら、自分で病院に行って検査を受けるしかない。他人にやってもらうしかない。禅定に入っていたら明確に観ることができます。

 例えば、第四禅定まで行けたら体の三十二身分を観ますよ。それでやるので確実に、体の中を観ることができます。自分の腫瘍がどこにあるのか観ることができたら、今度は、その腫瘍の形を想像するのです。その腫瘍の形を観るのです。それから、心をどこに集中させるかというと、下腹部にもっていきますが、ここら辺にはいっぱい熱があるのです。消化するための熱がある。だからここは熱いのいです。ここの熱、「熱さ」は割と感じやすいのです。常に消化させようとしているから、割と早く、簡単に感じることができる。
それで、ここに心を集中させて、「熱さ、熱さ、熱さ・・・」と観察していくと、すぐに熱さの要素が出てきます。その熱さの要素がどんどん強くなっていきます。その熱さをゆっくりとですけれど、今度自分の癌の腫瘍のところに移動させます。その熱さにどんどん継続して集中させていくと、熱さが腫瘍に浸透します。癌のところに。

 そうすると、自分がお腹から移動させた熱で、腫瘍が熱くなって柔らかくなっていきます。最後には、焼き切ることができます。自分の腫瘍を熱で。その後、決意をします。「この焼いて溶かしたすべての癌細胞を、尿や体の液体で流します」と決意します。そうすると、流れていきます。「そのようにやるのだ」と、信念をもって信じ込まなければいけません。そして、実際にちょっとずつですけれども、回復していきます。放射線治療法みたいなものです。

 このやり方は誰かが私に教えてくれたわけではないのですが、自分で体験しました。昔、8個か9個くらいの腫瘍があったのですけれど、その時にお医者さんはもちろん、取る為の手術をしたがりました。その時は、本当にとても病気で弱くなっていて話すこともたいへんなくらいでした。エネルギーがなかったのです。それで私はお医者さんにこう言ったのです。「とりあえず、二週間ください。私、ちょっと瞑想したいのです。2週間したら、手術しに戻ってきますから」と。
 それから2週間の間、台湾の山に行って、山のお寺で比丘尼さん達と一緒に滞在して瞑想したのですけれど、そこで、今話したやり方をやったら、9個あったうちの腫瘍が1個になっていて、8個は消えてしまいました。それで、2週間経って、また医者の所に帰って検査をしたら、1個しか残ってないので驚かれました。

 それで今、皆さんにこの話をシェアしたかったのです。だからこそ、今こうやって皆さんの前でお話しできるように元気になりました。皆さんもこのやり方を知ったので、いつか試していただきたいです。今はこういう経験があったということを覚えていただけたらと思います。

体を作る粒子
 ですから怖がらなくてもいいのです。もっとダンマを学んで、瞑想を実践してください。瞑想があなたを色々なことで助けてくれると思います。そして、そういう風に集中力をつけた後は、今度はヴィッパサナーに進むのですけれど、その4つの要素も、物質も、全部、粒子レベルに観えてきます。ビューッと、分解していって、細かいものになる。粒子というのは体全体にあるということを観ていきます。それを、「無常、苦、無我」の真理、三相の真理が表れるまで観察します。
 ヴィッパサナー瞑想では、そのように分解して細かいレベルで観ることが必要なのです。なぜかというと、私達は、常に間違った物の見方をしているからです。もし、そういう風に分解して観なければ、私達はずっと間違った考えを持ったままなのです。例えば、これが「私の眼だ」、「私の耳だ」、「私の体だ」というように。だから、ヴィッパサナーが大事なのです。体の中を分解していって、どういう粒子がどういう性質をもっているのか、というのを、観察していきます。

 眼の中だって、物凄い数の粒子が出たり入ったりしているのですね。眼の中のその粒子の物質は、透明なものもあって、透明で物凄く明るい、キラキラしたものもあれば、透明ではないものもあります。そして、体全体の粒子も同じです。例えば眼を見ていたら、眼の1番真ん中のところは、とても明るいですね。でも、他の部分はそうではありません。眼の中央のところに、とても明るくて透明なものがあるのです。そこが、視覚的な対象物を見ているところなのです。他の、眼球の白い部分が対象を捉えているわけではありません。今日はさわりだけですけれど、基本的なことを話します。今回は、皆さんがちゃんと悟れるまでのお話をしたいなと思っていますから、途中で帰らないように。最後の日までここにいて話を聞いてください。

 どうして、この真ん中の部分は透明で、そこが外にある対象物を捉えることができるのか? どうして、白い眼球の部分は、外にある対象物を捉えられないのでしょうか? 
 体を分解して観た後に、色んな微粒子が出てくるのですけれども、それらの粒子は4つの原因によってできてきた物質なのです。それは、ブッダが教えてくださったのですけれども。耳とか舌とかも全部、同じです。体の物質は全部、4つの原因によってできています。4つの原因で出来た物質というのは、
1、カルマによってできた物質
2、熱、温度によってできた物質
3、心によってできた物質
4、栄養素、滋養によってできた物質
私たちの身体はすべて、これら4つのタイプの物質によってできています。

 皆さんが、ご飯や食べ物を食べると、それが栄養となって体の中に入って、例えば眼という物質ができて、その物質が強くなるのを支えてくれます。また、熱によってできる物質があります。熱によってできる物質というのは新しい物質なので、細胞が新しく蘇ったときは、熱でできるのですね。新しいものを生み出します。
 心によってできる物質もそうです。例えば、心で眼を動かしたいと思うと、眼が動くわけです。物質が動いて。心が動揺して悲しんでいると、涙という物質がでてきます。どうですか。わかりますか?

 次はカルマによってできる物質ですけれど、これは、他の3つとは違います。今まで言ったように4種類の原因によってできる物質のグループがありますが、そのどれもが基本的な性質として四大(地水火風)を持っています。体の中にある、すべての細かい粒子っていうのは、4つの種類のどれかであり、そして、それは全部、四大(地水火風)と、それとは別の性質というものを持っています。1つは、色です。内臓も色がついていますね。眼だって色があります。茶色の部分と、白い部分と。そんなわけで、「色」を持っています。それから、2つ目においては、体の部分で「匂い」が違いますね。そんなふうに4種類(地水火風)と、それから、「色」、「匂い」、「味」、「栄養素」で8種類の性質を持っています。どんな物質にも、この「8つの要素」というのが、絶対に入っています。基本の要素です。体の中のどの物質にも入っています。

 栄養によってできる物質とか、熱によってできる物質、心によってできる物質は、8つの基本要素というのが入っているのですけれども、カルマによってできる物質だけは違います。カルマによってできる物質というのは、もうあと2個、要素が増えます。全部で10個、要素が入ります。
 その9個目は、「命根」です。これは寿命みたいな、命を支える性質です。振動しているのですね。10個目が「透明な要素(浄色)」で、とてもキラキラ、輝いていいます。
10個目の、「透明な要素」があるから、眼の一番中央の透明な部分は、カルマによってできた物質が多いから透明なのです。ほかの白い眼球の部分とか、ブラウンの部分とか、色のついている部分は、残りの3つの物質でできたところが多いから、色がついているのです。この10番目の要素、輝いて澄んだ、「透明な要素」がないと外の対象と接触することができません。

 瞑想、ヴィッパサナーだと、眼の要素の性質も、集中して観察していきます。あらゆる要素の性質を見ていくのです。けれども、その物質の粒子が出たり入ったり、物凄いスピードでパッパッと生じたり消えたりするのです。眼の中のそれを、またずっと観察していきます。そうすると、あらゆる眼の中にある粒子は、まったく安定していない、常に出たり入ったり動いている。そこで、「これは無常なんだ」ということを悟ります。
 そんな風にすぐに中で消えては現われる自分の眼の中の粒子をパッパッパッパッ見て、「これは自分の眼じゃない」と、「自分のものじゃない」と観察していきます。耳も同様です。耳も4つの原因によってできた物質からできているし、それの集団です。それのグループがいっぱいある。

 耳もそうだし、鼻もそうだし、舌もそうだし、体もそうだし、心もそうだし、6つの感覚器官というのは全部、そんな風にできています。そんな風に体のどんな部分も、全部観ていくのですが、すぐ体のどこの部分も物質を細かく分解してみると、粒子がパッパッパッパッ現れては消え、現れては消えとやっているのです。どこもそうなのです。それを観て、これは「無常であり、苦であり、無我なのだ」と、体のどんな部分も「自分のものじゃない、自分の物質ではない」と観ていきます。だから、四界分別を理解するととても役に立ちます。こういう風に集中を続けていくと、ヴィッパサナーにもいけますし、そして、日常でも自分の体をどういう風にケアしてあげたらいいかわかります。

 次の法話は、もっと難しくなりますけれど、皆に理解してもらおうとがんばります。今日の話が理解できたら、次も理解しやすいでしょう。次の法話をちゃんと聞いて理解できたら、預流果になれます。次の法話まで、2日間あるのでこの間に、禅定に入ってください。皆さん、自信を持ってくださいね、この2日の間にジャーナに入るぞ、と。今日は難しい話をしてごめんなさい。でも、これは重要だということを、理解してください。ありがとうございました。
    
       サードゥ!   サードゥ!   サードゥ!

         (2019年12月30日 南房総合宿での法話  通訳:川本佳苗さん)

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2012/8 宝台樹高原

  • 6
    8月に合宿の行われたみなかみ町藤原は宝台樹山のふもとにあり、冬はスキー場になる高原風ののどかな村です。

2009年クムダ・セヤドーのお寺 

  • 10 セヤドーのお話を聞く
    ミャンマー・ヤンゴン市郊外モービにあるクムダ・セヤドーの瞑想センターを訪ねた方が写真を送ってくださいました。 シーマホールも完成し、そこには富士山をバックにした仏像がまつられています。

2008/8 水上合宿

  • 雨上がり
    8月に合宿の行われた水上町藤原はまさに水の里。民宿周辺の風景をお届けします。

2008 夏の風景

  • 朝霧の沢
    夏の暑い日、川の源流では入道雲が湧き、山や木々は様々な表情を見せていました。

2008/7 関西合宿・瞑想会

  • 延命寺三門にて
    大阪、河内長野市にある延命寺は弘法大師空海が開基と伝えられ、市の紅葉名所にもなっている美しいお寺です。 ここで7月、クムダ・セヤドーをお招きして一週間の瞑想合宿が開かれました。
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