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2019年3月

2019年3月14日 (木)

3月経典学習会のお知らせ

3月の経典学習会は、3月31(日)に開催予定です。

3月31(日)13:30~17:00 
中板橋MCWA事務所
住所 板橋区仲町39-1 電話03-3973-3348 
 

予定

13:30より自主瞑想(法話は14時からですが、それまで自主的に瞑想しています)
14:00より経典の解説
16:00より質疑応答
17:00ころ終了

参加費無料
予約の必要はありません

内容:オバサ・セヤドーによる経典「大念住経・ 受に関する随観、心に関する随観」の解説。
テキストは、下記をご参照ください。

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4月の予定:4月14日(日)トゥ・ミンガラ比丘(Thu Mingala Bikkhu)によるダンマパダ(法句経)の解説です。

ダンマパダ(法句教)104,105、115偈
「自己にうち克つことは、他の人々に勝つことよりもすぐれている。つねに行いをつつしみ、自己をととのえている人、――このような人の克ち得た勝利を敗北に転ずることは、神もガンダルヴァ(天の伎楽神)も、悪魔も、梵天もなすことができない。」
「最上の真理を見ないで百年生きるよりも、最上の真理を見て一日生きることのほうがすぐれている。」
(岩波文庫「真理の言葉 感興のことば」中村元訳 より)


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受に関する随観  Vedanānupassanā

Kathaṃ ca pana, bhikkhave, bhikkhu vedanāsu vedanānupassī viharati?
Idha, bhikkhave, bhikkhu sukhaṃ vā vedanaṃ vedayamāno ‘sukhaṃ vedanaṃ vedayāmī’ ti pajānāti; dukkhaṃ vā vedanaṃ vedayamāno ‘dukkhaṃ vedanaṃ vedayāmī’ ti pajānāti; adukkhamasukhaṃ vā vedanaṃ vedayamāno ‘adukkhamasukhaṃ vedanaṃ vedayāmī’ ti pajānāti. Sāmisaṃ vā sukhaṃ vedanaṃ vedayamāno ‘sāmisaṃ sukhaṃ vedanaṃ vedayāmī’ ti pajānāti; nirāmisaṃ vā sukhaṃ vedanaṃ vedayamāno ‘nirāmisaṃ sukhaṃ vedanaṃ vedayāmī’ ti pajānāti. Sāmisaṃ vā dukkhaṃ vedanaṃ vedayamāno ‘sāmisaṃ dukkhaṃ vedanaṃ vedayāmī’ ti pajānāti; nirāmisaṃ vā dukkhaṃ vedanaṃ vedayamāno ‘nirāmisaṃ dukkhaṃ vedanaṃ vedayāmī’ ti pajānāti. Sāmisaṃ vā adukkhamasukhaṃ vedanaṃ vedayamāno ‘sāmisaṃ adukkhamasukhaṃ vedanaṃ vedayāmī’ ti pajānāti; nirāmisaṃ vā adukkhamasukhaṃ vedanaṃ vedayamāno ‘nirāmisaṃ adukkhamasukhaṃ vedanaṃ vedayāmī’ ti pajānāti.

 比丘たちよ、また比丘はどのようにして受において受を随観し続けるのか。ここに比丘たちよ、比丘は楽の受を感じれば、「私は楽の受を感じる」と知り、あるいは苦の受を感じれば、「私は苦の受を感じる」と知り、あるいは、「苦でもなく楽でもない」受を感じれば、「私は苦でもなく楽でもない受を感じる」と知る。 また欲に関する楽の受を感じれば、「私は欲に関する楽の受を感じる」と知り、あるいは無欲に関する楽の受を感じれば、「私は無欲に関する楽の受を感じる」と知る。また欲に関する苦の受を感じれば、「私は欲に関する苦の受を感じる」と知り、あるいは無欲に関する苦の受を感じれば、「私は無欲に関する苦の受を感じる」と知る。

 また欲に関する苦でもなく楽でもない受を感じれば、「私は欲に関する苦でもなく楽でもない受を感じる」と知り、あるいは無欲に関する苦でもなく楽でもない受を感じれば「私は無欲に関する苦でもなく楽でもない受を感じる」と知る。


Iti ajjhattaṃ vā vedanāsu vedanānupassī viharati, bahiddhā vā vedanāsu vedanānupassī viharati, ajjhattabahiddhā vā vedanāsu vedanānupassī viharati, samudayadhammānupassī vā vedanāsu viharati, vayadhammānupassī vā vedanāsu viharati, samudayavayadhammānupassī vā vedanāsu viharati, ‘atthi vedanā’ ti vā panassa sati paccupaṭṭhitā hoti. Yāvadeva ñāṇamattāya paṭissatimattāya anissito ca viharati, na ca kiñci loke upādiyati. Evaṃ pi kho, bhikkhave, bhikkhu vedanāsu vedanānupassī viharati.

 このように自己の受において受を随観し続け、あるいは他の受において受を随観し続げ、あるいは自他の受において受を随観し続ける。また受において(受を)生法なりと随観し続け、あるいは受において滅法なりと随観し続け、あるいは受において生滅の法なりと随観し続ける。

 そこで「受のみあり」との念が彼に起こる。それこそは智慧の(増大の)ため、念の(増大の)ためになる。彼は(愛着・誤った考えに)よることなく(随観し)続け、世の何ものにも執着しない。比丘たちよ。比丘はこのように受において受を随観し続けるのである。

                                   受に関する随観終り

心に関する随観  Cittānupassanā

Kathaṃ ca pana, bhikkhave, bhikkhu citte cittānupassī viharati?

Idha, bhikkhave, bhikkhu sarāgaṃ vā cittaṃ ‘sarāgaṃ cittaṃ’ ti pajānāti, vītarāgaṃ vā cittaṃ ‘vītarāgaṃ cittaṃ’ ti pajānāti, sadosaṃ vā cittaṃ ‘sadosaṃ cittaṃ’ ti pajānāti, vītadosaṃ vā cittaṃ ‘vītadosaṃ cittaṃ’ ti pajānāti, samohaṃ vā cittaṃ ‘samohaṃ cittaṃ’ ti pajānāti, vītamohaṃ vā cittaṃ ‘vītamohaṃ cittaṃ’ ti pajānāti, saṅkhittaṃ vā cittaṃ ‘saṅkhittaṃ cittaṃ’ ti pajānāti, vikkhittaṃ vā cittaṃ ‘vikkhittaṃ cittaṃ’ ti pajānāti, mahaggataṃ vā cittaṃ ‘mahaggataṃ cittaṃ’ ti pajānāti, amahaggataṃ vā cittaṃ ‘amahaggataṃ cittaṃ’ ti pajānāti, sa-uttaraṃ vā cittaṃ ‘sa-uttaraṃ cittaṃ’ ti pajānāti, anuttaraṃ vā cittaṃ ‘anuttaraṃ cittaṃ’ ti pajānāti, samāhitaṃ vā cittaṃ ‘samāhitaṃ cittaṃ’ ti pajānāti, asamāhitaṃ vā cittaṃ ‘asamāhitaṃ cittaṃ’ ti pajānāti, vimuttaṃ vā cittaṃ ‘vimuttaṃ cittaṃ’ ti pajānāti, avimuttaṃ vā cittaṃ ‘avimuttaṃ cittaṃ’ ti pajānāti.

Iti ajjhattaṃ vā citte cittānupassī viharati, bahiddhā vā citte cittānupassī viharati, ajjhattabahiddhā vā citte cittānupassī viharati, samudayadhammānupassī vā cittasmiṃ viharati, vayadhammānupassī vā cittasmiṃ viharati, samudayavayadhammānupassī vā cittasmiṃ viharati, ‘atthi cittaṃ’ ti vā panassa sati paccupaṭṭhitā hoti. Yāvadeva ñāṇamattāya paṭissatimattāya anissito ca viharati, na ca kiñci loke upādiyati. Evaṃ pi kho, bhikkhave, bhikkhu citte cittānupassī viharati.

 比丘たちよ。また比丘はどのようにして心において心を随観し続けるのか。ここに比丘たちよ。比丘は貪りのある心を「貪りのある心」と知り、あるいは貪りのない心を「貪りのない心」と知る。あるいは怒りのある心を「怒りのある心」と知り、あるいは怒りのない心を「怒りのない心」と知る。あるいは愚鈍な心を「愚鈍な心」と知り、あるいは愚鈍でない心を「愚でない心」と知る。また薄弱な心を「薄弱な心」と知り。あるいは散乱した心を「散乱した心」と知る。また大心を「大心」と知り、あるいは小心を「小心」と知る。また有上心を「有上心」と知り、あるいは無上心を「無上心」と知る。また定心を「定心」と知り。あるいは無定心を「無定心」と知る。また解脱心を「解脱心」と知り、あるいは不解脱心を「不解脱心」と知る。

 このように自己の心において心を随観し続け、あるいは他の心において心を随観し続け、あるいぱ自他の心において心を随観し続ける。また心において(心を)生法なりと随観し続け、 あるいは心において滅法なりと随観し続け、あるいは心において生滅の法なりと随観し続ける。

そこで「心のみあり」との念が彼に起こる。それこそは智慧の(増大の)ため、念の(増大の)ためになる。彼は(愛着・誤った考えに)よることなく(随観し)続け、世の何ものにも執着しない。比丘たちよ。比丘はこのように心において心を随観し続けるのである。

                                心に関する随観終り





2019年3月 4日 (月)

クムダ・セヤドー瞑想会・合宿のお知らせ・水上合宿予約受付

本年も、4・5月の連休に合わせてクムダ・セヤドーを招へいし、瞑想会・合宿を開催いたします。
瞑想会・合宿では、呼吸への気づきの瞑想「アーナパーナ・サティ」の実践を通じて、仏教修行の土台となる集中力を養います。
予定は変更になることがございますので、直近の情報は、当ブログをご覧ください。

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クムダ・セヤドーとコウィダ比丘


【瞑想会・合宿の予定】

4月27(土)~5月6日(月) 群馬県水上にて瞑想合宿 
5月10日(金)東京瞑想会  会場未定
5月11日(土)浜松瞑想会(https://pao.hamazo.tv/) 
5月24(金)~27(月)福岡合宿 (https://fukuokadhammacenterblog.wordpress.com/)

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瞑想会にて


○水上瞑想合宿 (予約受付はじめました)

穏やかかつ自由な雰囲気の中、各自のペースに合わせて修行に取り組みながら、進捗に合わせて丁寧な指導を受けることができます。
また、セヤドーは、合宿中の多くの時間を一緒に座ってくださり、修行を進める上で大きな励みになります。

日時:4月27日(土)~ 5月6日(月)
会場:民宿「本家」 群馬県利根郡みなかみ町藤原3720
(会場地図: http://navigunma.com/0278-75-2555)
定員:30名 (6泊以上参加の方を優先しています。部分参加は4月頃より受け付けます)
参加費:6,500円×宿泊日数(例えば、9泊10日の場合58,500円)

申し込み: はらみつ法友会事務局(paramifriend@gmail.com)へ、お名前・電話番号・性別を明記の上メールでお申し込みください。
折り返し合宿案内および申込書をメールにて送ります。 
なお、初めて参加される方には、事前にお電話で合宿の説明等をさせていただく場合がございます。

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自然豊かな水上合宿の会場


・クムダ・セヤドーの経歴

1960年、ミャンマーの サガイン地方 アウン・ミョー・ター村生まれ。
1973年沙弥出家、1980年比丘出家。
1981年 テーラワーダ仏教の基礎課程修了。
1987年 テーラワーダ仏教の仏教の上級課程修了。
1988年までミャンマー各地で瞑想修行。
1988年から2000年までパオ瞑想センターにてパオ・セヤドーの指導のもと瞑想修行。
2000年から2003年までパオ瞑想センターにて瞑想を指導。
2003年、ヤンゴン市モービ地区にシュエティッサ僧院を設立、瞑想指導を行う。
2004年以降ほぼ毎年来日し、日本人と在日ミャンマー人に瞑想指導を行う。

問い合わせ:はらみつ法友会事務局(paramifriend@gmail.com)




3月自主瞑想会のおしらせ

3月自主瞑想会のおしらせ
(この会は有志により開催されています)

だれでも自由に坐れる場を提供したい、ということから始めた瞑想会です。
どうぞお気軽にご参加ください。

日時:3月16日(土)13:00~17:00
会場:板橋区南常盤台1丁目集会所 東上線ときわ台駅より徒歩7分(地図参照)
住所:板橋区南常盤台1-16-8(https://map.goo.ne.jp/place/13002642031/)
参加費:無料

予約は必要ありません。
座布団はあります。瞑想しやすい服装でおいでください。

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注意事項

・会場内では「沈黙行」をお守りください。お話したい方は室外にてお話し下さい。
・途中での出入りは自由です。受付名簿に記入し、坐っている方の迷惑にならぬよう静かに出入りしてください。
・瞑想指導はありません。各自で、自分の行なっている瞑想をなさってください。
・瞑想会終了後に1時間ほどの「懇親会」を持ちます(自由参加です)。

およその時間割(当日の状況で多少変わることもあります)

13:00    受付開始
13:20-13:30 読経(慈経)
13:30-14:30 瞑想
14:30-14:45 休憩 
14:45-15:45 瞑想
15:45-16:00 休憩
16:00-17:00 瞑想、回向
17:00-      懇親会(1時間くらい)

4月の予定

日時:4月20日(土)13:00~17:00
会場:板橋区中台二丁目集会所

主催:静寂瞑想の会


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2012/8 宝台樹高原

  • 6
    8月に合宿の行われたみなかみ町藤原は宝台樹山のふもとにあり、冬はスキー場になる高原風ののどかな村です。

2009年クムダ・セヤドーのお寺 

  • 10 セヤドーのお話を聞く
    ミャンマー・ヤンゴン市郊外モービにあるクムダ・セヤドーの瞑想センターを訪ねた方が写真を送ってくださいました。 シーマホールも完成し、そこには富士山をバックにした仏像がまつられています。

2008/8 水上合宿

  • 雨上がり
    8月に合宿の行われた水上町藤原はまさに水の里。民宿周辺の風景をお届けします。

2008 夏の風景

  • 朝霧の沢
    夏の暑い日、川の源流では入道雲が湧き、山や木々は様々な表情を見せていました。

2008/7 関西合宿・瞑想会

  • 延命寺三門にて
    大阪、河内長野市にある延命寺は弘法大師空海が開基と伝えられ、市の紅葉名所にもなっている美しいお寺です。 ここで7月、クムダ・セヤドーをお招きして一週間の瞑想合宿が開かれました。
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