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2016年8月

2016年8月10日 (水)

浜松瞑想会でのクムダ・セヤドーの法話

7月31日に開かれた浜松瞑想会でセヤドーは、「瞑想実践者が行う15の項目」などの法話をされました。
この法話を主催者の小林範雄さんが文章にしてくださいましたので、ここに掲載いたします。

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1.瞑想実践者が行う15の項目

1.信じること
・信じることができないと信仰できないので、信じることが大事。

2.「戒律」を守ること
・戒律を守ること。
・戒律には「五戒」「八戒」がありますが、自分の能力に応じて可能な限り戒律を守ることが大事です。
・少なくとも「五戒」は守ってください。
・それと、いつも「前向き」な思考をすること。
・先ほどのお経で読み上げた五戒ですが、一番目は、生き物を殺さないという戒律ですが、これを守っていくと、世の中も平和になります。
・五戒の中の二番目は、与えられていないものを盗らない。盗まないことですね。これも守ると、世の中が平和になります。

・三番目は、みだらな性行為をしないということです。これを守ると、世の中が平和になります。
・四番目は、嘘を言わないという戒律です。この戒律も守ると、世の中が平和になっていきます。
・五番目は、お酒や麻薬を飲まないということですね。これも守ると、世の中が平和になっていきます。
・お酒を飲むことで、いろいろな問題が、世の中に起きています。嘘を付いても様々な問題が起きています。みだらな性行為で、問題が起きます。盗むこと、与えられていないものを盗ることで、いろいろな問題が起きています。生き物を殺すことで、さまざまな問題が起きています。
・なので、五戒を守ることが大事です。

・この五戒を守って生活をすることで、ドアに鍵をかけることなく、自分の家で平和に暮らすことができます。
・皆さんが五戒を守っていくことによって、身の回りが安全になって、居心地のよい世界になって、世の中も平和になっていきます。
・今、世の中でもいろいろな問題が起こっていますけれども、原因は、こうした戒律を守らないことから起きてきていると思います。
・五戒を守ることで、長生きすることもできます。反対に、五戒を守らないことで、命も短くなっていきます。
・もし、五戒を守っていけば、若いうちに亡くなることも減っていきます。
・五戒は、普段の生活の中で守っていくことで、また、身近な感じで守っていくことで、結果が得られていきます。
・ですので、この基本となる五戒を、皆さんも守ってください。少なくとも、この五戒だけは、守っていってください。

3.サティ(念)
・サティとは、気づくこと、憶えていること。
・アーナパーナ・サティの通り、呼吸に「気づく」こと。
・呼吸が入って、出て行くことに「気づく」こと。
・この気づきが無いと、なかなか続けられないと思います。
・この「気づき」があることで、瞑想になります。
・この気づきが無いと、心が集中できないで、いろいろなところにさまよってしまいます。
・心がさまよってしまいますと、心を集中することが、ますますできなくなってしまいます。
・なので、呼吸が入って、出て行くことに気づいていくことが大事です。

4.スタ(suta:知識)
・スタとは、知識があることをいいます。
・たとえば、アーナパーナ・サティの瞑想について、多く知識があるほうがよくなります。

5.パンニャー(智慧)
・自分でわかること。
・知識としてではなく、自分で実際にやってみてわかること。
・アーナパーナ・サティの瞑想でいえば、実際にやってみて、それがわかることをいいます。

6.ヒリ(慚:ざん)
・悪いことをするのが「恥ずかしい」こと。

7.オタパ(愧:き)
・悪いことをするのが「怖い」こと。
・6番目の「慚」と、7番目の「愧」はとても大事です。
・「ヒリ(慚)」と「オタパ(愧)」があれば、悪いことが一切できなくなる。
・悪いことをすることがなくなると、地獄に堕ちることがなくなります。
・戒律を守ることだけでなく、悪いことをするのは恥ずかしい、怖いとするのが大切です。
・「ヒリ(慚)」と「オタパ(愧)」を持っているだけで、ソータパンナ(悟りの初門の「預流果」)と同じように、地獄などの悪趣におもむくことはなくなります。
・「五戒」と、「ヒリ(慚)」と「オタパ(愧)」を護持するのが大切です。

8.ビリヤ(精進:努力)
・瞑想するときも努力(精進)が必要です。努力しませんと、瞑想もうまくできるようにはなりません。
・瞑想で大事なことは、三番目の「サティ(念)」と、この「ビリヤ(精進)」の二つが大事です。
・この二つがありませんと、瞑想を続けることができなくなります。
・ですので、瞑想をするときには、サティ(念)とビリヤ(精進)がありませんと、まずできません。

9.「根(こん:感官、六つの感覚器官)」を護ること
・根には6つあります。「眼、耳、鼻、舌、身、意」の根を守ることです。
・瞑想をするときには、眼で、見たいものを意のままに見ないほうがいいですね。眼も、自分で見る範囲を決めるのも大事です。
・耳も、音楽や歌を、意のままに聞くのを控える。
・鼻も、良い香りだからといって、欲するままに嗅ぐのもよくない。
・舌も、美味しいものだけを食べたいとか、嫌いなものを食べたくないとか、選り好みをするのはよくない。
・身(体の感触)も、感触のよいところだけを触ったり、やわらかいものだけを触りたいとか、選り好みすることはよくない。
・心が、心で考えるときは、良いことだけを考えて、悪いことは考えない。

10.食事を適切にすること
・食事が美味しいからといって、お腹いっぱい食べたりしてはいけない。
・適切な量の食事をすることです。
・美味しいものだけを選んだり、嫌いなものを食べないとかではなく、体が元気になるように、瞑想ができるように、適切な量の食事を取ることです。

11.活発・生き生きしていること
・活発にし、生き生きしていることも大切です。
・そのためには、12時間のうち1/3(4時間)の睡眠がおすすめです。

12.「第一禅定」を得ること
13.「第二禅定」を得ること
14.「第三禅定」を得ること
15.「第四禅定」を得ること

・12~15に関しては、禅定に関することですので難しくなります。
・アーナパーナ・サティの瞑想が深まっていきますと、月や太陽のような光(ニミッタ)が見えてきますが、これは瞑想が進んできている印になります。
・ニミッタに少なくとも1時間集中できるようになると、第一禅定になり、第二、第三、第四と禅定を深めていくことができます。
・以上が、瞑想実践者が行う15項目になります。


Q&A

Q.「歩行瞑想」で禅定に到ることができるのでしょうか。また、歩行瞑想でミニッタが出てくることは無いとは思いますが、禅定とニミッタは関係ないのでしょうか?
A.歩行瞑想では、禅定が得られない。なぜなら、歩くからです。歩いていると、心が動いてしまいます。また、歩きながらニミッタに集中することはできませんし、歩行瞑想では禅定は得られないと思います。
瞑想には、4種類あります。
・寝ながら
・立ちながら
・座って
・歩きながら
このうち、禅定を得るには座った瞑想になります。寝ながら、立ちながら、歩きながらでは禅定を得るのは難しいと思います。

Q.アーナパーナ・サティ(呼吸瞑想)において、禅定を得るには、ニミッタは必ず見えるものなのでしょうか。ニミッタが見えていないと、禅定は得られないのでしょうか。人によっては、ニミッタが無くても禅定が得られるのでしょうか。
A.ニミッタが無く、禅定になったとはいえません。ニミッタのように、何か集中する対象がありませんと、禅定にはなりません。

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2.アーナパーナ・サティと八正道

1.正見
・出入りする呼吸がはっきりとわかること。
2.正思惟
・常に入ってくる呼吸と出てゆく呼吸に心を置くこと。
3.正語
・正しい言葉。戒律(五戒)を守っていれば、悪い言葉を言わない。
4.正業
・正しい行い。戒律(五戒)を守っていれば、悪いこともしない。
5.正命
・正しい生活。戒律(五戒)を守っていれば、生活や仕事も真っ当になる。
6.正精進
・正しく努力をすること。アーナパーナ・サティを努力すること。
7.正念
・正しい気づき。アーナパーナ・サティにおいて、呼吸に気づいていること。
8.正定
・正しい禅定。アーナパーナ・サティで禅定を得る。
・3.4.5は、戒律(五戒)を守れば、これらに相当します。
・1.2.6.7.8は、瞑想に関することになります。
・瞑想が、どれだけ進んだかは、この八正道で確認することができます。

3.七歳で阿羅漢になったアニタの話し

アニタは、七歳で出家して沙弥(比丘ではなく具足戒を受けていない少年)になりました。アニタは、サーリプッタ(舎利佛)尊者の元で出家しました。
ある日、アニタはサーリプッタ尊者と一緒に托鉢(たくはつ)に行きました。托鉢にいったときに、畑に水を回す灌漑(用水路)を越えていきました。
このとき、アニタは、サーリプッタ尊者に、「これは何ですか」と尋ねます。
サーリプッタは「これは灌漑設備(用水路)ですよ」と。
「では、この水は生き物ですか?」と尋ねます。
「いいえ」と。

そこで、アニタは「生き物ではない水でさえも、使い方によっては給水や排水に使うことができるのか。それなら、生きている人間であるなら、やりたいことがやりたいようにできるだろう」と考えます。
さらに歩いていくと、矢をとがらせる人達を見かけます。
矢が弓で射られる光景をみたときに、アニタは「この矢は生き物ですか?」と尋ねます。
サーリプッタ尊者は「いいえ」と答えます。

そこでアニタは、「生き物でもない矢であっても、弓で射るとまっすぐ飛ぶことができるなら、生き物である人間なら、瞑想などやりたいことを目標にして達成することができるだろう」と考えました。
さらに歩いて行くと、木を切っている人達を見かけます。
木を切っているところを見たとき、アニタは「この木は生き物ですか?」と尋ねます。
サーリプッタ尊者は「木は生き物ではありません」と答えます。

これを見てアニタは、「生き物でない木であっても、自分の思うように切ることができる。それなら人間であるなら、自分の目標に向かって達成することができるのではないかと」と考えます。
生き物でないものであっても、人間は、用途によって使うことができる。それならば生き物である人間は、瞑想の修行していけば、瞑想を達成することができるだろうと考えます。
七歳のアニタは、こうした思いで修行し続けたところ、七歳で阿羅漢になることができたといいます。


イマーヤダンマーヌダンマパティパッティヤーブッダンプージェーミ
Imaya dhammanudhamma patipattiya. Buddham pujemi.
(私は、ブッダの教法に従って実践し、ブッダを敬い尊びます)
イマーヤダンマーヌダンマパティパッティヤーダンマンプージェーミ
Imaya dhammanudhamma patipattiya. Dhamman pujemi.
(私は、ブッダの教法に従って実践し、ダンマを敬い尊びます)
イマーヤダンマーヌダンマパティパッティヤーサンガンプージェーミ
Imaya dhammanudhamma patipattiya . Sangham pujemi
(私は、ブッダの教法に従って実践し、サンガを敬い尊びます)

サードゥ、サードゥ、サードゥ。

オバサ・セヤドー8月経典学習会のお知らせ


8月の学習会は、8月28(日)に開催予定です。

8月28日(日)13:00~17:00 
中板橋MCWA事務所
住所 板橋区仲町39-1 電話03-3973-3348 

予定

13:00より瞑想、休憩
14:00よりセヤドーの解説
16:00より質疑応答
17:00終了

参加費無料
予約の必要はありません

テキスト:「無我相経」(Anattalakkhana sutta)
当ブログ6月学習会のお知らせにテキストが載っています(http://parami-library.cocolog-nifty.com/blog/2016/04/index.html#entry-105711872)

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    8月に合宿の行われたみなかみ町藤原は宝台樹山のふもとにあり、冬はスキー場になる高原風ののどかな村です。

2009年クムダ・セヤドーのお寺 

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    ミャンマー・ヤンゴン市郊外モービにあるクムダ・セヤドーの瞑想センターを訪ねた方が写真を送ってくださいました。 シーマホールも完成し、そこには富士山をバックにした仏像がまつられています。

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    夏の暑い日、川の源流では入道雲が湧き、山や木々は様々な表情を見せていました。

2008/7 関西合宿・瞑想会

  • 延命寺三門にて
    大阪、河内長野市にある延命寺は弘法大師空海が開基と伝えられ、市の紅葉名所にもなっている美しいお寺です。 ここで7月、クムダ・セヤドーをお招きして一週間の瞑想合宿が開かれました。
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